社会に出るという言葉はもはや死語。ピラミッド社会の崩壊とその後

これからの働き方

20歳で社会に出て、65歳で引退

これは高度経済成長〜せいぜいリーマンショックくらいまでの日本の常識だろうと思う。

もっと昔は子供のときから仕事をしていたわけだし、これからはおじいちゃんもおばあちゃんも仕事をする時代になる。

常識は変わる。

【社会】と呼ばれる世界
【社会】と呼ばれない世界

違いは【仕事】だったのだろ思う。

仕える事と書いて仕事。

家に、会社に、地域に、国に仕える事をしていれば=社会に属していると。

しかしもうすでにその常識は崩壊している。

いい意味で子供が働くようになるし、悪い意味で超高齢者が働くようになるから。

まず、インターネットやテクノロジーの進歩で若年層の進出がこれから加速する。

YouTuberだけじゃない。

子供が手作りしたおもちゃをメルカリで”同級生の母親”に売ってもいい。

小学生の起業家だってでるだろう。

一昔前だと「そんなバカな」と思う人々が今もうすでに出現している。

つまり【社会に出る】みたいなラインが前倒しになりつつあり、誰かが決めた「大学には行きなさい」「成人」などという概念は崩壊しつつある。

そんな決め事は無意味で、逆に大学に行かなきゃ何者にもなれないという決めつけ教育は子供の可能性さえ壊す。

人類は進化している。

でも社会がそこに追いつけていない。

逆に高齢者が”引退”できなくもなっている。

現時点で65歳以上の正規雇用率は3割以下。

ほとんどがかつて嫌われた”契約社員”とか”パート・アルバイト”の扱い。

ではこれから正規雇用率は上がってくのか?

きっと現場の人もそんなイメージはないと思う。

もう無理なのだ。

「65歳をすぎても70歳まで働かせてくれる」

うちの両親も、飲み屋であったおっちゃんもおばちゃんもその様には語る。

でも中小企業が何を根拠にそれを約束してて、従業員が何を根拠に信用してるのか僕にはわからない。

今64歳だとしたらあと6年。

6年後の未来をその社長達も従業員たちも予言できるのであろうか。

2.3年後どうなるかわからないのが今の日本じゃないのか。

泣く泣く切られても国も社会も助けてくれない。

雀の涙ほどの年金では貯蓄が多少あろうともいずれ貧しくなる。

では若年層のようにYouTuberで一念発起するか?

ヤフオクでせどりをやってみるか?

ビットコイン投資をしてみるか?

ブログでアフィリエイトをやってみるか?

たぶんそれが無理ゲーなのだ。

【社会】の仕組みはヒエラルキーであり、ピラミッドのどこかに所属することが正しいと思ってる人からしたらピラミッドの外に出ることは恐怖以外の何者でもない。

ピラミッドが崩れていても、そこにしがみつくよりそこから脱することのほうが怖い。

脱してしまうと道がわからなくなるから。

これは自分も経験したことだからわかる。

生きていて良かったなと思ういくつかの事のなかに【企業で勤めて辞めた経験がある】というものがある。

美容室の場合大手企業ってほぼないから中小企業だけど、最初に就職したところは株式会社の美容室だった。

ガッチガチのルール、ピラミッド社会。

上に行くまでは時間がかかる仕組み。

辞めるのはたしかに怖かった。

キャリアが崩壊してしまうようで。

僕はそこでいわゆる【社会】を学ぶことができた。

属するということがどういうことなのか

仕えるとはどういうことなのか

組織が決めたルールの中で生きるとはどういうことなのか

僕はそういうのが息苦しかったが、それでも数年は勤めて、いろんなことを教えてもらえた。

技術だけでなく、組織のあり方、お金のことも教育のことも。

それが知れたことはすごく良い経験だった。

その後海外で無職の旅人やって、道中でライターの仕事やWEBの仕事を始め、帰国後フリーランスとして独立して今はしがない社長だ。

20代前半で学んだことは社会と組織の仕組み

20代後半で学んだことは起業とマネジメント

ある意味時代の流れに沿って生きているようにも思う。

そんな経験をしてさらに今の日本を見てて思うことがある。

それぞれの世代の感覚と価値を掛け合わせる

それが2つの性質を掛け合わせるといいのでは?ということ。

若年層(デジタルネイティブ世代)はインターネットを使うことSNSを使うことが肌感覚で身についてる。

その代わりヒエラルキーとか組織とかそういったものに弱く、学校へ行かない就職はしないという人はどんどん増えていくだろう。

たぶん起業家みたいな人も増える。

現在の高齢者や高齢者予備軍のやってきた事とは性質的に真逆だ。

だけどそれは悪いことではなく、やれるなら早いうちからやったほうがいいし、正直なところ結果が出てるならなんでもいいじゃんと思う。

逆に結果が出てないのにしがみついてたり責任転換してるほうがまずい。

しがみついてるという表現が正しいかはわからないけど、会社や政府も限界がある。

ヒエラルキーとホラクラシー

だからこれからはヒエラルキーではなくホラクラシーという社会を形成していく必要がある。

ホラクラシーとは、社内に役職や階級のないフラットな組織形態のこと。

意思決定と責任の所在が組織内のチームや個人に分散される。

昔の社会のあり方は独裁国家に近いかもしれないなんて思う。

圧倒的トップが存在して、右腕がいて、幹部がいて、その他…みたいな。

僕が思う新しい社会のあり方はトップダウンではなくフラットな構造。

人間という米粒を叩き潰して餅にするのではなく、一人ひとりが存在しているオニギリをつくるような。

若年層がアイデアとインターネットスキルを引っさげて起業し、仕事を作る。

高齢者がそこで従事者として伸ばす役割をする。

見てきたもの、考え、感覚が全く違う世代が共存していく社会にすべきだと思う。

昔は【社会に出る】【引退】があったから交わることがなかった世代が同一社会でこれから生きていくのだ。

どちらも認め合うことをしていかないとただの潰し合いになってしまうが、手を取れば強い。

発想と発信は若年層が長けていて、組織作りや団結は高齢者の方が長けている。

インターネット×アナログとでも言うのか、ある種の矛盾がいい結果を生み出し、そうすればお互いにいいじゃないか、と僕はそんな考え。

だから創業当初から高齢者または主婦(シングルマザーとか)が働ける環境を作ることを意識していた。

決してヒエラルキーではない。

むしろ自分のイメージとしては社長である僕がノリとして支える役目、従業員が形もバラバラの米。

会社はそれを載せる皿みたいなものとしてオニギリが形成されている。

実際に今子供が3人いる主婦がフルで働いてくれてたり、アルバイトだけど妊婦もいるし、高齢者も働いてる。

正規雇用でも1日5〜6時間労働はすでに実現はできたから、僕の次なる目標の1つは65歳以上の正規雇用。

それをとりあえず山梨で実現させたい。

そのためにWEBでもなんでもやれることは全部やって生産性を上げることをめちゃ意識している。

「労働はキツイ」

「お金を稼ぐことは大変」

僕世代〜高齢者はみんなそう思ってるけど、たしかに地元の求人を見てると時給850円とかでしんどそうだけど、僕はおばちゃんに楽な仕事でも1200円で働いてもらってる。

それをもっと1500円とか2000円とかにしていきたい。

田舎とか都会とか関係ないけど、田舎からこの辺の概念をぶち壊していきたい。